マン・レイと女性たち展

美術館

こんにちは、佐々木拓馬です。私の簡単なプロフィールはこちらから。よろしければご覧ください。

神奈川近代美術館 葉山館2022年10月22日から2023年1月22日まで開催されている「マン・レイと女性たち展」に行った感想を書きます。

とても良かったです。ひと言では終わりません、残念ですがまだまだ書きます

わたし、マン・レイがとてもすきです。いつ頃か、すきになったきっかけなどは覚えていません。知らぬ間に作品を知っていて、後々になってマン・レイのつくったものだと知りファンになったパターンです。意識にこびりつき、ずっとすきでいるアーティストの1人です。

美術にさほど詳しくないわたしの目と意識に留まり、酸素の如く世界に溶け込んだアーティストなのだと思います。きっと皆さんも見たことのある作品があるはずです。

まず初めに、美術館の企画概要を引用しておきたいと思います。

企画概要

20世紀を代表する芸術家マン・レイ(1890-1976)。絵画やオブジェ、映画などジャンルを超えて活躍した彼は、1920年代~30年代に成熟期を迎えつつあった写真という新しいメディアの可能性を追求しました。ウクライナとベラルーシ出身のユダヤ系の両親のもと、ニューヨークで育ち、画家を志した20代から本名のエマニュエル・ラドニツキーを改め、「マン・レイ」と名乗るようになります。既存の価値観を破壊するダダの洗礼を受け、1921年にパリに移り、写真スタジオを設けると、自らが参加したシュルレアリスム運動の活動記録や作品写真、恋人や友人たちのポートレート、ファッション写真などを手がけます。多岐にわたるその作風は、レイヨグラフやソラリゼーションのような実験的な技法と相まって、独創的な表現世界を生みだしました。本展は、とりわけマン・レイのまなざしが捉えた「女性たち」に光を当て、240点余の作品からその創作の軌跡を追うものです。ユーモアとエスプリに包まれた自由で豊かなイメージをお楽しみください。

http://www.moma.pref.kanagawa.jp/exhibition/2022-man-ray

むつかしくない?!

美術館だいすきなんですよ、わたし。でも、毎回思いますよ。説明文カタくない?!って。

“ マン・レイは、幅広いジャンルで才能を発揮して活躍しました。特に写真というメディアで頭角を表し、その中でも特にファッションフォトは高く評価されています。ファッション誌などに提供するものに限らず女性を数多く撮影しており、恋人や友人も作品として発表し、残っています。そんなマン・レイのまなざしが捉えた「女性たち」に光を当て、240点余の作品からその創作の軌跡を追うものです。“

これで良くないですか?

ほんとはもっと短くてもいいと思いますが、どんなに短くしても誰からもお金を貰えないのでそんな努力はしないでおきます。てゆーか、過去に書いてきたこのブログ記事ももっと短くしろよっておもいましたよね。聞こえてます。はっきり言っておきますけど、出来ないからしません

わたしのどうでもいい話ではなく、マン・レイの事を話しましょう。きっとこういう所を削除すれば文字数は減るのでしょうが出来ないのです。また戻ってしまった。大事なのはマン・レイの事なのだ。

作品を観て、わたしがマン・レイという人に思ったことからスタートしましょう。

過去を振り返らずに新しい表現を模索し続けながらずっと苦悩してきた人。

辛すぎた。ひと言でまとめると、辛すぎる。

でも、もしかしたら、つくるってそういう事?そんなふうに思いました。

そしてそれは、孤独でありながらも多くの他者との関わりからうまれてくるものである故に独創となり得るのです。個人の感情と他者の多数の視点の間にあるものが、クリエイティブな次元で可視化されるのです。マン・レイの場合、それが女性をモチーフとした写真だったのでしょう。

絵を自身の本質的な表現として最後まで書き続けていたそうですが、写真の評価を超える事はありませんでした。絵の評価がつかない事なども含めた全ての事が写真表現に通じるプロセスなのか、と思えるほどに人間マン・レイのダイナミックな濃淡を感じます。

ダダ運動まっさかりの頃、マン・レイもそこに参加しますが作品はほとんど売れなかったそうです。それをきっかけにするように、ニューヨークからパリへと拠点を移します。最初の妻、アドン・ラクロワはフランス近現代文学や現代美術への造詣が深く、その影響を受けパリへと足が向いたようです。

アドンの美しい言語が知的刺激となり、生涯にわたる創作の原点はアドンからの影響が強いとも言われているそうです。離婚する前にアドンのフランス語の詩を分解して、図形とタイポグラフィーで構成した作品をつくっています。ついてきてますか?ちょっとよくわかりませんよね?わたしもです。でもね、その作品、とてもよかったですよ、よくわからないんですけど。

時代の女性文化ギャラリーになるほどの華やかな交流

今回の展示のメインテーマでもある「女性」たちとマン・レイの視点が混じっていくポイントは、写真です。1921年にニューヨークからパリへ移り、制作物の主は写真になります。マン・レイその時30歳。

これが収入源となるのですが、マン・レイは好まなかったようです。あくまでも絵が本懐という気持ちだったようですが、多くの写真を撮っていきます。その中でも、大胆で優美なファッション写真は別格でした。

モード界、社交界の貴婦人、モデル、ダンサー、女優、撮った多彩な肖像を集めただけで時代を切り抜くほどです。マン・レイは女性たちと対等に接した関係性があったので、他と一線を画す沢山の素晴らしい写真を撮ることができたのです。その結果というものは結果として、マン・レイの人間性のもたらすものでした。なにごとも人格大事。じぶんに言っています。

想像してみてください。話には聞いたことがあるでしょう、この時代、1920〜1930年の頃は男性と女性の間には大きな不平等が存在していたので、マン・レイの紳士的な態度というのは今では想像がむつかしい特別な事だったのだと思います。精神力、すなわちそれは道を誤らなければその人の能力となり、マン・レイの場合はそれが芸術として華ひらき今に残るものとなりました。

わたしも多くの女性と関係を持ちたい。まちがえました。関係性を持ちたい、です。

マン・レイはわたしの間違いとは違いたくさんの女性と関係があったようです。それは写真作品としても残っていて、女性関係を通してマン・レイの孤独を辿る内容でもありました。同時に、その創造力の源泉をどこから得ていくのかも見えてくるような気がします。

その辺で手に入るものを材料とする

絵画、オブジェ、写真、様々な方法でスピーディに表現をおこない、販売したそうです。オリジナルでなくていいという考えで自身の作品をたくさん複製していきました。

表現のスタイルに関わらず自分を通してアイデアに変えて、アイデアとなったものをスピーディに作品として具体的にアプローチする感じでしょうか。

マン・レイはそれをレプリカ、マルティプル、オリジナルなしで永続するモティーフと言っていました。わたしは、かっこいい!と心の中で叫び興奮しました。詩人だなとも思いました。

最初の妻は美しい言葉を紡ぐ詩人でしたし、ポール・エリュアールとも親しかったようです。マン・レイが特に気に入っていたのはロートレ・アモンの「マルドロールの歌」だそうです。そして、その辺で手に入る物で即興で製作するスタイルなどから、異なる要素を結びつけた造形的な詩と評されることもあったので、マン・レイその人もやはり詩人だったのだと想像します。

ファッションと関わりはじめた1922年

写真の話に戻ります。22年、ポール・ポワレに頼まれてオートクチュールを撮影してから、ファッションフォトの道がスタートします。ヴォーグ、ハーパーズバザー、ヴァニティフェアなどに発表された数々の名作モード写真は、マン・レイの代表的な作品です。

34年に出会い、後にコンゴ式ファッションをハーパーズバザーに発表する事となるアドリエンヌ・フィドランという女性もマン・レイの視点として欠かせません。アディのその写真は、非白人モデルが初めて登場した例となり、レイシズムに抗う作品となります。

アングルのヴァイオリン

年代が前後しますが、語りきれないほどの名作を残すマン・レイ作品の中で最も有名といってもいい作品「アングルのヴァイオリン」が24年に発表されます。マン・レイのミューズでもあるキキという女性を撮った作品です。

後ろ姿の裸体で、腰の辺りに弦楽器のF字孔が描かれたものです。キキの身体に直接描かれたものではなく、撮った写真に描き、それを再撮影して作品としました。このめんどくさい工程には、古典的・伝統的なヌードを上書きするという意味を込めたそうです。やはり詩人なのです。しかしこの作品に含まれる詩的な要素はこんなものではありません。

マン・レイの基本姿勢は女性との関係性を大切にすることです。裸体を撮ることも多く、裸体を撮ることにもマン・レイの女性への眼差しを感じられます。裸体を欲望による支配や所有の対象にせずオブジェとして称える事で後世まで残る、見るものをうっとりさせる素晴らしい作品となり得たのでしょう。

アングルのヴァイオリンは、マン・レイが尊敬し崇拝すらしていたドミニク・アングルの絵画「ヴァルパイソンの浴女」を写真で再現した作品で、浴女とキキのシルエットが似ている事からインスピレーションを得てうまれたようです。

面白いのはタイトルに込められた皮肉的なユーモアです。

ドミニク・アングルはヴァイオリンを弾くことが趣味だったようで、アトリエに訪ねてくる人に無理やり弾いて聴かせるというヘタの横好きジャイアン側面を持っていたそうです。絶対に友達にはなりたくないですね。

そしてタイトルのアングルのヴァイオリンは、フランス語で趣味という意味が含まれるそうです。日本語しか喋れないわたしには理解できないのですが、趣味という意味が含まれる、そういう事みたいです。

ヘタの横好きという言葉を正確な言葉に直すと余技といい、専門以外に身につけた技、みたいな意味です。そしてタイトルに込められた趣味という意味。アングルの趣味であったヴァイオリンは余技であり、アングルの絵を写真で再現した自分の作品もまた余技である、という非常に複雑な思考とモチーフとメッセージが重なり合ってうまれたということが分かります。

異なる要素を結びつけた造形的な詩と評される所以を感じさせますし、アイデアをスピーディに作品に変化させる姿勢が結集しています。

そしてやはり絵画こそが自分の専門であるという気持ちが強くあらわれていて、面白いです。わたしにはなにかそんなにも拘れるものがあるのかと思い巡らせましたが、ない。写真が売れたら偉そうな顔で写真家ですと言っているじぶんが想像できました。

未来である今からそういったことを見てみると、それはさながら、レプリカ、マルティプル、オリジナルなしで永続するモティーフというものはマン・レイ自身そのものであるという感想を持ちました。

いやぁ、面白い。是非、人間マン・レイを感じていただきたい。そしてお店で話しましょう。物販も良かったです。

ではまた。

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